おかあちゃんに「あんたそんなにさぼってるとバカになるよ、努力して勉強して、一人前の人間になりなさい」そんなことを言われて育った。
努力することは常に善であり、努力した人が報われるのは当然だ。努力人は、いい仕事についていい給料をもらって、素晴らしい家庭をもつ権利がある。偉い人やトップアスリートはみんな努力している。努力しない怠けものはろくでもない人間だし、報われなくて当然だ。子どもなんか持つべきでないし、野たれ死んだって仕方がない。努力しないやつらのために高い税金を払うなんて馬鹿げている。動物だって、死にもの狂いで獲物を捕ってこないやつは早晩死んでしまう。これは、生物界の常識。だから、努力こそがその人の価値を決めるのだ。
努力することが自然選択の結果だというのなら、努力しない遺伝子はとっくに滅んで、人間はみんな努力する人ばかりなハズなのだが、なぜだか努力しない人というのはけっこういる。この記事は、この努力=善というガチガチの価値観にわずかばかりの異を唱えようと思って書いてるわけだけど、実際私だって、努力しない同僚や、いい加減な仕事でお茶を濁す取引先のダメ社員にイラついて、「もうちょっと頑張れよな」などと内心思いながら悪態ついたりしているわけで他人のことは言えない。「努力」ということが、体の芯のあたりに染みついているのだ。
ただ、どうも自分自身が「努力」というものの中身を、漠然とさせたままで、丁寧に吟味してこなかったんじゃないかと思う。
まず考えてみたいのは、そもそも我々はなぜ努力するのか、努力するという行動を支えるものは何かということだ。これは胸に手を当ててみるとわりと明らかで、努力ができるのはその努力の結果得られる報酬が存在するから。報酬は、現金、名誉、美女、といった生臭いことでもいいし、自己満足だって構わない。そのような報酬を得られるという期待が十分に持てて、なおかつ過去に努力が報われたという甘い経験を持っていること、これが努力の条件だろう。たとえほとんど無駄な努力とわかっていても、報酬が魅力的なら成功する確率が低くても人は頑張るものだ。
たとえば、とても素敵な女性がいて、その人とどうしても付き合いたい、自分のものにしたいと思ったとしよう。その人に好かれたい一心で、毎朝毎晩時間をかけて歯磨きをしたり、髪や服装を常に整えたりするばかりではなく、その人が通る時間を調べ上げて偶然でも一緒になるように早起きしたり、友だちになれたら、さらに好かれたい一心でさまざまな「努力」をするだろうね。こんな努力は努力のうちに入らないし、本人だって努力だとは思っていない。感情につき動かされた強い衝動が、動かしがたい確固たる動機となって努力を見事に支えているわけだ。
あるいはもし、ナイフを持った男が突然襲ってきたら?「命守るべし」という根源的な欲求が、あなたの能力を飛躍的に高め、自分でも信じられないような速度で走ったり、高い塀を飛び越えたりして、生き残るための大きな努力を払うよね。努力というのは、その報酬によって明らかにドライブされている。努力が報われないということは失敗を意味するわけだ。失敗が続けば、努力することへの疑いにからだを麻痺させてしまう。これが小さな「成功体験」を重ねることの大切さ。成功体験を持っていない人に努力しろと言っても無理な話だ。
しかし、そもそも「努力」は、「がんばれ」ば、誰にでもできることだろうか。たとえば、1ヶ月後に数学の試験が迫っているとしよう。あなたはいつも人付き合いのいいコミュニケーション能力の優れた人だ。仲間に囲まれているのが好きだし、誘われれば喜んで呑みに行く、宴会でもいつも場を盛り上げるそんな存在だ。そして、今日も誘われた。試験はあるけど、そんなことで断るのは嫌。そして出かけてしまう。
今日も勉強時間はほとんどとれなかった。友人と過ごすのが楽しいあなたが試験に向けて努力することは相当に困難だ。仲間の協力が得られるということもあるかもしれないが、最後は自分で勉強するほかない。数学なんて特に。一方、もともと数学が好きで人づきあいが苦手な人の場合はどうだろう。数学の勉強を努力とも思っていないあなたは、毎日コツコツと電車の中で問題を解いている。努力というよりも、ほとんど趣味なのだから。このように考えてみると、努力することの中身には得手不得手、好き嫌いがある。そして好きなこと、動機の強いものならば努力は容易だけど、好きじゃないことはなかなか頑張れない。
さらに深めてみるとそもそも「努力」というのは、粘り強くひとつのことに取り組んで、時間をかけて自分のものにしていくという「過程」だと言える。そのためには、「粘り強さ」つまり注意力を維持しながら、自分でコントロールする能力が必要であるということが分かる。注意力にはいろいろなものがあるけど、ここではまず注意を持続する能力が一番だ。飽きっぽいのはだめだ。それから、焦点的にいまやっていることに入りこんでいくという意味での注意も必要。何かに心底のめり込んでいる時というのは、短時間でもひらめきが生まれたり、何かが進歩したりする瞬間だから。そういう時間も大切なことがある。しかし、注意力には個人差があるのだから、「努力する」というのもひとりひとり違った能力の一つであると考えられる。「天才は努力しない」などと言うけど、これは努力には「時間」だけでは測れない「密度」のようなものがあるからだろう。つまり「努力する能力」「良い努力をする能力」というものがあるのではないかということだ。
もし、この努力する能力が生得的なものである、あるいは成育歴からくるものであるとすると、努力しない人を責めるのは酷な話だ。その人は努力する能力に劣っているか、さもなくばよい努力をする成功体験をせずに来てしまったのだから。人間は平等な存在ではなく、心理学者ヤーキスの言うようにどんな子供でも医者になったり大泥棒にできるわけではない。「努力しないのは自分の責任だから、努力しない本人が悪い」などというのは、努力が好きなガンバリン星人の言い分にすぎないのだ。
努力することに価値がないし、努力なんてくだらないと言っているのではない。努力するということはそんなに単純じゃないということ。いやむしろ、いかにして上手に努力するか、努力という言葉を習慣という言葉に置き換えられるかが勝負かもしれない。そうすると、今度は努力を習慣にする能力なんてのが浮かび上がって堂々巡りだ。
仕事をする努力を放棄して、ソチオリンピックをダラダラ見ながら、努力と能力ということを考えてしまった。能力の運命的な不平等に愚痴をこぼしていないで、仕事を習慣にする努力の努力に戻る。頭が真っ白になる前に。
2014年2月28日金曜日
2014年1月24日金曜日
本音と建前
胸に手を当ててみれば、自分のような粗雑な人間でも、本音と建前を使い分けているということに少しの鼓動とともに気づかされる。最近仕事で会うのは大企業の人が多くて、建前を大事にする人たちだ。建前がスーツを着て、建前がしゃべっているのではと思うほどだ。裸で生きていれば楽なのだけど、そうできなくなった人間は服を着て、アクセサリーやらコロンの匂いをまき散らかしたりして裸を隠す。スーツで主張する。それは仕方のないことだと思うのだけれど、匂いがきつすぎてときどき嫌になってしまう。裸がいいのに。
もちろん、こっちにだって小さな建前はある。建前を守ろうとして、余計な仕事をしょい込み、深夜まで仕事をする。ばかげたことだと思うけれど、それでお金を貰うのだからいたしかたない。しょせん世界は金で動いているのだ。おれだって、金で動いている。
しかし、世界にはそんな建前があまり大きくない人種もいるらしいというのが、NHK BS の海外番組などを見ていて感じることだ。日本人には建前が多すぎるのではないか。本音でやり取りすれば、様々なムダはなくせるのではないか。お金は少なくても、幸せに生きることは可能ではないかと思える。
建前にさんざんやっつけられた後なので、少しづつ建前の服を脱ぎ去って、あるがままの自分として生きていく道を探してみたいと思うようになった。これから、だんだんと暖かい季節になってくるしね。
もちろん、こっちにだって小さな建前はある。建前を守ろうとして、余計な仕事をしょい込み、深夜まで仕事をする。ばかげたことだと思うけれど、それでお金を貰うのだからいたしかたない。しょせん世界は金で動いているのだ。おれだって、金で動いている。
しかし、世界にはそんな建前があまり大きくない人種もいるらしいというのが、NHK BS の海外番組などを見ていて感じることだ。日本人には建前が多すぎるのではないか。本音でやり取りすれば、様々なムダはなくせるのではないか。お金は少なくても、幸せに生きることは可能ではないかと思える。
建前にさんざんやっつけられた後なので、少しづつ建前の服を脱ぎ去って、あるがままの自分として生きていく道を探してみたいと思うようになった。これから、だんだんと暖かい季節になってくるしね。
2013年11月18日月曜日
うそは悪いことです
うそは悪いことです。
うそつきは信用ならない。
うそは泥棒のはじまりだ。
そう育てられ、うそに痛みを感じるようになる。
でも、うそをつかずに生きている人がいるわけがない。
ではどうすればいいか?沈黙だ。
口を開けなければ、うそをつく必要がない。
沈黙は金というから、悪いイメージもない。
すぐうそをつくヤツと沈黙の男。
たとえば、釣りバカ日誌のハマちゃんと、ゴルゴ13を考えてみよう。
どちらが憎めなくて付き合いやすく、どちらが悪い奴だろう。
そんなことは明らかだ。ハマちゃんはうそをつくから圧倒的に悪い。
古い友達の坂上君は不倫しているが、奥さんには完全黙秘だ。うそを言わないように心がけているから、彼はとてもいい奴だ。こっちが弱みを握っているから、飯をおごってくれたりもする。
言うまでもないが、小説家、脚本家、映画監督、お笑い芸人、歌手、詐欺師、政治家などは悪い奴らの筆頭で、信用してはいけない。
書き忘れるところだった。ブログ書いてるやつも大抵はうそつき。


うそつきは信用ならない。
うそは泥棒のはじまりだ。
そう育てられ、うそに痛みを感じるようになる。
でも、うそをつかずに生きている人がいるわけがない。
ではどうすればいいか?沈黙だ。
口を開けなければ、うそをつく必要がない。
沈黙は金というから、悪いイメージもない。
すぐうそをつくヤツと沈黙の男。
たとえば、釣りバカ日誌のハマちゃんと、ゴルゴ13を考えてみよう。
どちらが憎めなくて付き合いやすく、どちらが悪い奴だろう。
そんなことは明らかだ。ハマちゃんはうそをつくから圧倒的に悪い。
古い友達の坂上君は不倫しているが、奥さんには完全黙秘だ。うそを言わないように心がけているから、彼はとてもいい奴だ。こっちが弱みを握っているから、飯をおごってくれたりもする。
言うまでもないが、小説家、脚本家、映画監督、お笑い芸人、歌手、詐欺師、政治家などは悪い奴らの筆頭で、信用してはいけない。
書き忘れるところだった。ブログ書いてるやつも大抵はうそつき。
2013年10月27日日曜日
毎年4500人が交通事故で死んでいる
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| モンティ・ホール問題 |
さて、原発です。福島の原発事故で何人死んだでしょうか?この記事によると、「復興庁によると、東日本大震災の影響で体調を崩すなどして死亡した震災関連死者数は福島県内で764人(3月末現在)」(2012年5月10日付け毎日新聞がニュースソース)だそうです。実際に事故の放射線の影響で死んだ人なんてのはあまりいないにしても、関連するものとして大雑把に100人くらいいると推定してもいいでしょう。
だいたい、交通事故死の2%です。原発なんてたいしたことない。もし心配するなら、横断歩道や道路で交通事故に合わないように注意したほうがよっぽどいい。ということになる。もっといえば、がん検診受けましょうということだ。
次に大島。10月24日の報道だと、大島を襲った台風26号で死者は31人に上るそうです。まだ増える勢い。あの大規模な土砂崩れですから、とても心配です。でも、交通事故死と比べれば、たった0.7%です。台風の心配するよりも、車がぶつかってきたら逃げる特訓をしたほうがいいでしょう。
ことほど左様に、事象をある数値でとらえて比較するときには、その魔力に騙されて本質を見失うことがあります。ヒトは確率に対する心理学的な意味での誤謬傾向を持っているのです。数値で示された確率を正しく評価することができないし、質的な違いを見誤ることも多々ある。確率は人をだますためにあります。確率が重要なものをあげてみましょうか?
パチンコ、競馬、宝くじ、保険・共済、かみさんの機嫌、学者。ほらね、ろくでもない。
2013年9月20日金曜日
おきゃくさま4象限
仕事でいろいろな人と出会ったり、ネットだけで出会わなかったりする、という忙しい時期を乗り越えてきたわけですが、ほんとにいろんな人がいます。他人の話を遮るのが趣味の人、すぐ怒る人、理詰めでキツキツに攻めてきて妥協しない人、全然知らないくせに知ったかぶりして平気で反論する人、それに果敢に挑んで、でも結局泣かされて謝るオレ、などなど。
年をとってきますとね、他人(ひと)というのがなんだかわかったような気になってくるもんです。その人に激しく叱責されている時でも、それを上空で見ている「オレ」みたいな存在があるわけです。幽体離脱しているか、半分あっちの世界に行っているか、気もそぞろなのかどれかだとは思うんですがね。
そんな幽体離脱視点で見ていると、仕事では、4つのタイプを見分ければいいんじゃないかと思い付いたのです。単なる思い付きですけどね。
それを見分ける方法が、イケイケ-モジモジ座標系です。イケイケな人たちはだいたい自信満々で、声が大きくて、ガハガハ笑ってくよくよしないタイプ。社長さんやできる営業さんに多いです。対するモジモジくんは、自信がなくて声が小さくて、怒られたりするとすぐシュンとなって顔に出るタイプ。
で、これにその人の実力みたいなのを重ねるんです。モジモジだけどすごくできる人ってのもいるし、イケイケなのに全然わかってないアホボンもいる。そういう4象限で仕分けしちゃう。
これは、私の周りにいる頭に浮かんだ5人をそれぞれイケイケ-モジモジ座標系に書いてみた図です。Aさんは、イケ普通。わりと遠慮なくガンガンやってくれるし、そこそこものもわかってるから祭り上げて頑張ってもらうタイプの人。いつもお世話になってる。BさんとCさんはエンジニアさん。私の周りでは典型的です。Dさんはつきあいやすい普通の人。たまに飯おごってくれたり、気を使って電話くれたりする優しいおっさん。それに、めんどくさいEさん。
あなたの周りにいる人も、こんな風に分析してみたら、付き合い方もうまくいくかもよ。
そもそも仕事しないで他人(ひと)をこんな風に類型化してとらえて喜んでる段階で、もうだめモジなひとな気がしなくはないんだけどね。オレが。
年をとってきますとね、他人(ひと)というのがなんだかわかったような気になってくるもんです。その人に激しく叱責されている時でも、それを上空で見ている「オレ」みたいな存在があるわけです。幽体離脱しているか、半分あっちの世界に行っているか、気もそぞろなのかどれかだとは思うんですがね。
そんな幽体離脱視点で見ていると、仕事では、4つのタイプを見分ければいいんじゃないかと思い付いたのです。単なる思い付きですけどね。
それを見分ける方法が、イケイケ-モジモジ座標系です。イケイケな人たちはだいたい自信満々で、声が大きくて、ガハガハ笑ってくよくよしないタイプ。社長さんやできる営業さんに多いです。対するモジモジくんは、自信がなくて声が小さくて、怒られたりするとすぐシュンとなって顔に出るタイプ。
で、これにその人の実力みたいなのを重ねるんです。モジモジだけどすごくできる人ってのもいるし、イケイケなのに全然わかってないアホボンもいる。そういう4象限で仕分けしちゃう。
できイケ系
実力もあるし、イケイケな性格。ベンチャー起業した社長さん的なタイプ。この手の人はだいたいお金持ちだし、仲良くするとすごく良いことがあるんですけれど、他人(ひと)の気持ちはわからない人が多い。しかも、私のような凡人はついて行くのが大変です。
でも、イケイケの人ってみんなが「できる人」ってわけじゃないってのが経験則かな。
だめイケ系
イケイケなのに本当は実力がない。そのことに気が付いている人はまだましだけど、自分がだめ系だってことに気が付いてない人はほんと厄介。一緒に仕事すると、分かってないのに文句ばっかり言うし、こういう人は早めに見切りたいのですが、あなたができる人だと放してくれないかも。
できモジ系
エンジニアなんかに多いね。あんまりできる人って雰囲気を出してないけど、「脱いだらしゅごいぜ」みたいな人ね。こういうのは、ちょっとカッコイイと思うけど、だいたいあんまり評価されてなくてお金持ちじゃないんだよね。ときどき「もじもじ」が悪さをして、「コミュニケーションができてない」って批判される。
だめモジ系
ごめんなさい。残念です。でも、こういう人に限ってすごくいい人なんだよなぁ。憎めない。友だちにするのに最高だし、一緒に仕事してうまくいかなくっても怒りは湧いてこない。
これは、私の周りにいる頭に浮かんだ5人をそれぞれイケイケ-モジモジ座標系に書いてみた図です。Aさんは、イケ普通。わりと遠慮なくガンガンやってくれるし、そこそこものもわかってるから祭り上げて頑張ってもらうタイプの人。いつもお世話になってる。BさんとCさんはエンジニアさん。私の周りでは典型的です。Dさんはつきあいやすい普通の人。たまに飯おごってくれたり、気を使って電話くれたりする優しいおっさん。それに、めんどくさいEさん。
あなたの周りにいる人も、こんな風に分析してみたら、付き合い方もうまくいくかもよ。
そもそも仕事しないで他人(ひと)をこんな風に類型化してとらえて喜んでる段階で、もうだめモジなひとな気がしなくはないんだけどね。オレが。
2013年9月19日木曜日
大人の器
天草栖朗という人がこの夏「遺作」というアルバムを出した。10曲納められたアルバムは「ひねもす」の電波みたいな音から始まるから最初は驚くが、天草栖朗を演じている山作戰の他のアルバムよりもはるかに聴きやすい。中でも「大人の器」という松本清張ばりのタイトルの歌が好きだ。
「なぜこんなに苦しいの」から始まって「世間にしかられて」「自分のズルさ」「責めさいなむ」「甘えたい」「満たせない」と心を切り裂く言葉が畳みかけてくる。恋の歌のストーリーで書かれているのに、「大人の器」から日常の期待された「大人」について連想させられて、だんだんつらくなる。恨み節のようにも聞こえる歌なのに、いやだからこそ聴きたくなる凄みを持っている。この曲を書いた人の生き様が、まっすぐに何の飾りもなく、とってつけたポジティブさや希望の飾り付けも排した形で、刃(やいば)を前にしたように語られる。その語りに深く心をえぐられるのだ。何度聞いても涙なくしては聞けない、だれにもかけなかっただろう曲。
ただ、決してネガティブな気持ちになるわけではない。何事も解決しないにせよ、涙を流すことは苦しみを洗い流す魔法である。そして自分自身に直面し、立ち向かうことでもあるのだと言い聞かせて前を向いている。
「なぜこんなに苦しいの」から始まって「世間にしかられて」「自分のズルさ」「責めさいなむ」「甘えたい」「満たせない」と心を切り裂く言葉が畳みかけてくる。恋の歌のストーリーで書かれているのに、「大人の器」から日常の期待された「大人」について連想させられて、だんだんつらくなる。恨み節のようにも聞こえる歌なのに、いやだからこそ聴きたくなる凄みを持っている。この曲を書いた人の生き様が、まっすぐに何の飾りもなく、とってつけたポジティブさや希望の飾り付けも排した形で、刃(やいば)を前にしたように語られる。その語りに深く心をえぐられるのだ。何度聞いても涙なくしては聞けない、だれにもかけなかっただろう曲。
ただ、決してネガティブな気持ちになるわけではない。何事も解決しないにせよ、涙を流すことは苦しみを洗い流す魔法である。そして自分自身に直面し、立ち向かうことでもあるのだと言い聞かせて前を向いている。
- 天草栖朗作品集 『遺作』はメール便なら送料込み2,500円で購入できる。ぜひ聞いてほしい。http://www.yamasakusen.jp/mise/
1.ひねもす/2.並木道/3.ふたりのいる朝/4.温度/5.ぼくもいない街/6.いなもと/7.ぼくもないている/ 8.だいっきらい/9.大人の器/10.ディナーショウ の10曲 - 山作戰のウェブサイトはこちら http://www.yamasakusen.jp/
- SoundCloudでの試聴もできる
2013年7月21日日曜日
投票に行こう!もうこん取り戻せ!
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| Photo by Tambako the Jaguar CC BY-ND 2.0 |
前回別の毛はえ薬を試したけど効果がなかったどうしてくれるんだとか、そんなうまいこと毛が生えてくるなんてありえない非現実的だとか、そもそも毛が生えてくる政策はありえないし育毛政治には期待できないなど、薄毛対策に対する有権者の目は冷ややかである。しかしここで少し考えてみてほしい。一晩寝て朝になるとふっさふさになるような魔法はないのである。毛根を鍛え、栄養を与え時間をかけて毛は生えてくるものだ。毛はえ薬の「一振」が無駄になることはないのである。政治家は選挙でその禿ぶりを有権者から評価され、そしてそれを力に政策という名の「薬」を生み出しているのだ。その薬の効能をしっかり見極めなければ、毛は生えない。
ましてや、棄権するなどというのは、薄毛に対する責任の放棄である。10年後の頭皮と頭髪のあるべき姿を見据え今できる選択をすべきだ。しぜんに任せておいて、生えてくるなどあり得ない。若者ほどその危機感が薄いというのは憂うべきことである。
投票に行こう。頭髪を取り戻せ!
2013年7月14日日曜日
忘れられた憲法改正の視点
憲法を変えるとか、変えないとか、盛んに議論されている。私は自民党の原案には厳しく批判的だが、改正論議自体には賛成だし変えたほうがいいと思うところがないわけではない。しかし、その中で、全く議論の遡上に挙がらなくて不思議でしかたがない論点がある。
それは、憲法を変えて発生する社会的なコストだ。憲法が変わるのだから、民法や刑法といった基本的な法律も見直すことにならざるを得ない。また、憲法をめぐる様々な判例も参考にできなくなり、法曹界は大忙しである。憲法解釈にも多大な時間と社会コストがかかるだろう。
さらにいえば、それらの法規を根拠にした政令や自治体などの規定、民間の契約にも影響を与える。
いや大丈夫だ、現行の法律は一切変更しませんというのなら、改憲する意味が失われてしまうし、改憲されれば個々の条項の意図とは関係なく、憲法解釈をめぐる訴訟がおきるだろう。憲法違反と言われれば、法律や政令なども変えざるを得ない。
このように、国や自治体だけでなく、日本じゅうで改憲コストを負担することになるのだ。うがった見方なのだろうが、新しい公共事業の創出と見ることさえ可能だ。しかも、それに乗じて官僚が都合のいい法律改正を次々と繰り出してくるやもしれない。
今の日本で、こんなことにコストをかける意味があるのだろうか?この国はそんなことをやっていられるような状態なのか?コストに見合った改憲でなければ、たとえ良い内容であっても、賛成する気にはならない。そして、改憲論議がとても呑気に思えてならないのである。
2013年7月7日日曜日
アンケートという名の悪意
「インターネットで今話題になっているうめについてアンケートを実施しています。ぜひご協力ください」
「現在、うめがブレイクしないことが問題になっています。そのことについてどう考えますか?またその原因はどこにあると思いますか?
※このアンケートは、「週刊妄想」偏執部がおこなっています。
「ポチリ」
「現在、うめがブレイクしないことが問題になっています。そのことについてどう考えますか?またその原因はどこにあると思いますか?
※このアンケートは、「週刊妄想」偏執部がおこなっています。
2013年6月12日水曜日
リア充
リア充(りあじゅう)とは、「リアルに目が充血している状態」の略称である。Red Eye(れっどあい)と呼ばれることも多い。
(この記事は妄想です)
![]() | ||
| Red-eyed treefrog [CC BY 2.0] |
症状
視野が狭くなったり、現実が見えにくくなってしまうが、本人に病識がないこともあるため注意が必要である。症状に気付かずに放置すると、現実世界が全く見えなくなってしまう。また、100人に一人程度、虫がおいしそうに感じられて食べそうになる人がいる。原因
ゲームを48時間寝ずにやってボスキャラを倒した際にその怪物が放った一撃で目をやられる、暗い場所でツイキャスを3時間以上視聴しながらiPhoneでコメントを書きまくる、プログラム開発が行き詰まって徹夜で仕事をする、といったことが原因として考えられている。2007年に新種のコンピュータウィルスによる遠隔充血操作が原因であるとの説を上田次郎教授(日本科学技術大学)が唱えているが、多くの研究者からは「あまり、どんとこないね」「なぜベストを尽くさなかったのかね?」と冷ややかな目で見られている。治療
最も効果を発揮するのは、デジタルカメラに搭載された赤目防止フラッシュを3メートルの距離から一日3回照射することであるといわれている。しかしこの方法はリアルには劇的な効果がない。そのため、横浜の医師を中心にブルーライト(波長380~495ナノメートル)を使用する動きが2010年から始まっており、「街の明かりがとてもきれいに見えるようになったわね」などというリア充患者の声も多く、効果が期待されている。一方、横須賀方面の医師からはブルーライトが人の体内時計(サーカーディアンリズム)を狂わせるとして反対する声も上がっている。リア充の使用例
- 「俺マジ今日リア充だわやべー」などと目の充血を強調して、徹夜で仕事したふりをする。
- 「あれ?リア充だね、ちゃんと休んだほうがいいよ」などと女子に声をかけて優しさをアピールしつつ、赤目防止フラッシュを焚く。
注
- リア充である人物の典型的な例は、群馬県出身のリア・ディゾンの夫であるリア充(りあ・みつる)で、氏は常に充血しているらしい。
- 本当に充血している人はぶどう膜炎や急性緑内障など眼内のこわい病気の場合があるので、速やかに美人のいる眼科にいくとよい。
- なお、病院でここに書かれたことをまじめに美人医師・看護師に訴えるとリア充でなくなることは言うまでもない。
(この記事は妄想です)
Red-eyed treefrog
http://www.flickr.com/photos/dejeuxx/6631808663/in/photostream/
Creative Commons Attribution 2.0 Generic
(CC BY 2.0)
2013年5月21日火曜日
YouTube素人製品レビューの功罪
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| Photo by Carsten Schertzer [CC BY 2.0] |
YouTubeでも動画のビュー数が増えると広告収入が入るということで、多くの人がおこずかい稼ぎに余念がありません。少額ですが、自動販売機の下を棒でガサガサして100円拾うのよりもましですよ、ええ。私だって、自販機を専用小銭掻きだし棒「さぐるくん」でゴソゴソするのは恥ずかしいですし。あたくし、アフィリエイトはやってはおりますけれども、正直なところまじめに何かの原稿書いたほうがお金になります。
でも最近、YouTubeのレビュー系動画が少し気になるのです。素人レビュアーみたいな人たちがでてきて、なかには子供もいるんですけれど、製品レビューのまねごとみたいなことをやってどんどん動画をアップしているのです。
それ自体を悪いとは思いません。そういう時代ですから。
でも、やっぱり製品レビューってのはユーザ視点で使いにくいところはちゃんと指摘してあげるとか、向いてない人が買わないように注意しておくとか、使いこなし術とかあるわけです。でも、そんなの一切なくただただ製品を紹介していく。そんなのが量産されている感じがするのですよ。
素人でもメディアを手にすることができるようになって、情報を発信するリテラシーみたいなことが今試されている気がするんですよね。どうも、広告会社に踊らされすぎている気がするのはテレビもネットも同じなのではないかと、老婆心がムクムクするのです。
まあ、ジェラシーですけどね。バシンバシン。
2013年5月16日木曜日
かまってちゃんとかまったげちゃん
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| ahhhhhhhhhhh Photo by Kitenutuk (CC BY 2.0) |
ある遠い国に、かまってちゃんとかまったげちゃんがいました。
かまってちゃんは今日も「ひとりコーヒーgkgk」「あー熱出てきた仕事休みたい」とひとりつぶやいています。でもかまってちゃんはメンドクサイ人なので、誰も声をかけてくれません。今にも泣きだしそうです。
2013年5月9日木曜日
ボランティア社会妄論
仕事はすべて無料!
快く引き受けます。
私はプログラマーですが、契約書を交わして、お客様のご要望に合わせて何度も仕様変更し、そのたびに理不尽に怒られながら修正作業とデバッグを繰り返し、そして請求書を出す段階で金額でもめる。
そんな毎日はもう御免です。
これからは、すべての仕事が無料です。ボランティアです。ただ、私の時間は限られていますので、発注が多くなると納期は確約できません。また、修正作業もすべて無料ですが、作業予定は仕事キュ-の末尾に追加されるFIFO(先入れ先だし)形式です。なお、後述する理由により、国・自治体様の仕事を優先的に処理させていただきます。さらに、私が居住している自治体様は常に最優先とします。作業に移動が伴う場合は、交通費を別途いただきます。
快く引き受けます。
私はプログラマーですが、契約書を交わして、お客様のご要望に合わせて何度も仕様変更し、そのたびに理不尽に怒られながら修正作業とデバッグを繰り返し、そして請求書を出す段階で金額でもめる。
そんな毎日はもう御免です。
これからは、すべての仕事が無料です。ボランティアです。ただ、私の時間は限られていますので、発注が多くなると納期は確約できません。また、修正作業もすべて無料ですが、作業予定は仕事キュ-の末尾に追加されるFIFO(先入れ先だし)形式です。なお、後述する理由により、国・自治体様の仕事を優先的に処理させていただきます。さらに、私が居住している自治体様は常に最優先とします。作業に移動が伴う場合は、交通費を別途いただきます。
2013年5月3日金曜日
いじめの構造と不適切発言
個人的なこと書きます。
昨日は仕事もはかどらず、なんだかとても疲れていて、タイムラインでもギザギザしたことばかり書いていた。
そんな矢先、ある人に向かってトゲのあることを書いて怒らせた。阿吽の呼吸の「いじり」のつもりで「阿」と書いたつもりだったけど、相手にとってはそうではなかった。不快にさせてしまったようで、申し訳なくDMで謝った。こころから許してくれているかどうかは分からないけれど、こればっかりはしょうがない。こちらに非があるのだから。
その後、少し冷静になるとこの構造は学校のいじめに似ているなと思いハッとした。毒を吐いてもネタだし「いじり」なんだぜと開き直れば、それはいじめじゃないというよくある構造。今回の出来事と同じである。いじめる側の論理と、今回心の中で感じた感情は同じなのではないのか?自分であれこれ発言してきたいじめ問題と同じ構造に自分がはまっていることに気がついた。
そのあと別の人から「謝るくらいならやんなきゃいいのに」と言われた。全くの正論でぐうの音も出なかった。
こちらもある事件を連想させた。それは猪瀬都知事のニューヨークタイムズの不適切発言である。最初、言い訳したうえに、最後は撤回謝罪するというストーリーだった。心の中で「謝るくらいなら言わなきゃいいのに」と思っていた矢先だったので、この「謝るくらいならやんなきゃいいのに」はグサリときた。阿吽の呼吸のいじりという「真意」が伝わらなかったというような気持ちが少しあったのも本当だからだ。
このお調子者で悪乗りが過ぎる性格はたぶん変えられないだろうし、SNSだけでなく、リアルな場所でもきっと似たようなことをやって誰かを不快にさせているのだろうなと思うと、切ない気持だ。でも、性懲りもなくまたやってしまうのだろう。せめて、ちゃんと謝るという最低線だけは守らなきゃいけない。
ごめんなさい。
昨日は仕事もはかどらず、なんだかとても疲れていて、タイムラインでもギザギザしたことばかり書いていた。
そんな矢先、ある人に向かってトゲのあることを書いて怒らせた。阿吽の呼吸の「いじり」のつもりで「阿」と書いたつもりだったけど、相手にとってはそうではなかった。不快にさせてしまったようで、申し訳なくDMで謝った。こころから許してくれているかどうかは分からないけれど、こればっかりはしょうがない。こちらに非があるのだから。
その後、少し冷静になるとこの構造は学校のいじめに似ているなと思いハッとした。毒を吐いてもネタだし「いじり」なんだぜと開き直れば、それはいじめじゃないというよくある構造。今回の出来事と同じである。いじめる側の論理と、今回心の中で感じた感情は同じなのではないのか?自分であれこれ発言してきたいじめ問題と同じ構造に自分がはまっていることに気がついた。
そのあと別の人から「謝るくらいならやんなきゃいいのに」と言われた。全くの正論でぐうの音も出なかった。
こちらもある事件を連想させた。それは猪瀬都知事のニューヨークタイムズの不適切発言である。最初、言い訳したうえに、最後は撤回謝罪するというストーリーだった。心の中で「謝るくらいなら言わなきゃいいのに」と思っていた矢先だったので、この「謝るくらいならやんなきゃいいのに」はグサリときた。阿吽の呼吸のいじりという「真意」が伝わらなかったというような気持ちが少しあったのも本当だからだ。
このお調子者で悪乗りが過ぎる性格はたぶん変えられないだろうし、SNSだけでなく、リアルな場所でもきっと似たようなことをやって誰かを不快にさせているのだろうなと思うと、切ない気持だ。でも、性懲りもなくまたやってしまうのだろう。せめて、ちゃんと謝るという最低線だけは守らなきゃいけない。
ごめんなさい。
2013年4月28日日曜日
わたしは塔婆の陰にはいません
| Sotoba.jpg [CC BY-SA 3.0] |
2013年4月27日土曜日
2013年4月23日火曜日
ソーシャルネットの自己開示と返報性
コミュニケーションの場で、相手が知らない、特に聞かれていない「私」についての情報を積極的に開示するという行為が「自己開示」である。実はバツイチであるとか、巨乳好きだとか聞いてもいないことをわざわざ開示するのは、コミュニケーションを求めている証拠なのだ。相手が本当は開示したいと願っている事を聞いてあげたり、共感してあげると、一気に打ち解けて相手が饒舌に自己開示を始めたりする。
2013年4月21日日曜日
電子書籍使いたいと思わない?
時事通信が電子書籍端末の利用に関する調査を3月にやったということで、新聞やネットで記事になっている。電子書籍利用者は7%で、「使いたいと思わない」は69.8%だったそうだ。利用者は2011年の調査(3.3%)から倍増しているのだから流行っているといえば言えなくもないが、まだ一般的にはなっていない。イノベーター理論でいえば、流行に敏感なアーリーアダプター層の13.5%を越えていないから、まだ電子書籍はマイノリティなのだろう。
2013年4月8日月曜日
オレの女にならねぇか
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ふつうなら、こんなこと言えば最低男としてブロックされてもしかたがないひどい言い草だ。しかしこれをやってしまうのだから、言わせる女のほうに非がある。そうにきまってる。
2013年4月1日月曜日
人が理性的で論理的であるとすることの危うさ
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